私は日曜の夕方に家を出て赴任先に戻り、妻も月曜の夜にはこちらに来ました。
私は完全に口を利きません。
これからどの様な展開が待ち受けているのかは分かりません。
佐野達の意見を受け入れる形には成りましたが、それは私の気持ちの中にまだ踏ん切りが付かない部分が有っただけで、その辺の整理が出来れば結論は決まっています。
…………佐野からの電話も頻繁に入りましたが、私は特別伝える事は有りませんでした。
そんな或る日、また彼女が出張でやって来ました。
「次長、来月はまた同じ職場でご一緒出来ますね。
楽しみにしています。
今日も何か食事の用意をして上げましょうか?お口に合えばの話ですが。
」
「有難う。
気持ちが嬉しいよ。
この前造ってくれたのは本当に美味しかった。
またお願いしたい所なんだけれど、今、家のが来てるんだよ。
」
「えっ、奥様が・・・。
仕事の方はお休みですか?」
「仕事は辞めたんだ。
だからこっちに来てるんだけど・・。
君が来てくれるんだったら、あいつは連れて来るんじゃ無かったよ。
」
」
「何を言ってるのですか。
仲の良いご夫婦は本当に羨ましいですわ。
私もそんな家庭を造りたかった。
奥様は幸せだわ。
」
彼女の表情は何時も通り明るく、辛い気持ちでいる私の心が少し和んだのは言うまでも有りませんが、現実に変わりは有りません。
こんな時ですから、私は彼女を女として意識してしまいました。
ただどうなる事も無いのでしょう。
妻とお互いが信じ合えていると思えている時には、それ程意識する事も無かったのですが、今は何か心の寄り所に思えてしまいます。
そんな気持ちでマンションに帰ると、沈んだ表情の妻がいます。
何がこんなに暗くさせるのか、私への贖罪の気持ちからか、今の立場の辛さからなのか、男と逢えないもどかしさなのか知る余地も有りません。
ただ彼女の事が、私の気持ちに余裕を持たせてくれていました。
「貴方、お食事は?」
「要らない。
」
私は無愛想に言うと勝手に風呂に入り、外出の用意をしました。
「出かけるんですか?」
「ああ。
」
行き先が有る訳で無いのですが、勝手に彼女の事を考えていました。
泊まっているホテルへ電話を入れると、まだ食事前だと言うので一緒に食べる事にしました。
「あら、お一人ですか?奥様は宜しいんですか?」
ホテルの部屋から出て来た彼女は、言葉とは裏腹にウキウキしている様です。
「うん、気にしなくて良いんだ。
それより良い店を知っているから行こう。
」
店に入ってお酒も進むと、仕事をしている時とは違う彼女がいます。
屈託の無い明るさで色々話してくれて楽しい時間を過せました。
妻とも仕事帰りに待ち合わせてこの様な時を良く持ちましたが、これからは2度と無いのかもしれません。
その時はそんな事すら思い出しもしませんでしたが・・・。
ホテルに送って行くと何か言いたそうでしたが、あの男の様に器用でない私は何も出来ませんでした。
それで良かったのでしょう。
彼女にその気が有ったのかどうかは分かりませんが、もしそうだとしても関係を持ってしまうと、単に他に逃げ道を求めるだけでその先は見えています。
マンションに帰ると、妻は酔っていました。
「お帰りなさい。
どこで飲んで来たの?女の人と一緒だったんでしょう?」
「ああ、そうだよ。
何か悪いか?一緒に飲むくらいで、とやかく言われる筋合いは無いだろう?何も疚しい事はしていないしな。
お前とは違うよ。
」
睨む様な視線を送って来ましたが、それ以上の事は何も言いませんでした。
あの日以来初めて妻が求めて来ましたが、男との痴態を見てしまった私には、それに答える事等当然出来ません。
「今迄散々拒んで来て、良くそんな事が出来るな。
どんな神経をしてるんだ?信じられねぇよ。
」
「辛いの。
貴方に嫌われる事をしてしまったし、私が悪いのは分かっているけれど・・・・。
でも辛いの。
」
そう言うと、妻は自分の部屋に戻って行きました。
たまには優しくと思っても出来る程時間が癒してはくれていません。
赴任が終わり帰って来て少し経った頃に、佐野から連絡が有り、下請けの会社で事務員を募集しているが、妻に勤めるつもりが有るのなら紹介するとの事でした。
男からの慰謝料は、毎月きちんと支払われていたので、働かせなくとも別に生活水準を落とす事も無かったのですが、何時まで続けれるのかは分かりません。
一応妻はどう思っているのか聞いてみる事にしました。
“仕事をしても良いのなら、働きたい。
”との事だったので佐野に紹介を頼みました。
外に出すとまた何が有るか分かりませんが、家に男を連れ込む女です。
仕事をしようがしまいが、変わりは有りません。
勤め出してからも、定時に帰って来て家事をきちんとやっています。
私が不審に思う事も無く、他人から見ると普通の夫婦に見えるでしょう。
あれからある程度時間が経ち、怒りが納まった訳では有りませんが、気持ちは少し落ち着いて来ています。
そう成ると、男がその妻と最後に来た時に、妻が男に視線を送った事が気に成り出しました。
あれは気持ちに繋がりが有るからだと思っています。
それならば、男が離婚でもする事に成れば、妻はどの様な行動に出るのでしょうか?私と別れたく無いと言っていますが、本心は分かりません。
それなら仕方が無いのですが、一緒に暮らしている以上は気に成ります。
「もうあいつの事は忘れたか?今はどう思っているんだ?」
「何も思っていないわ。
でも時々・・・・」
「時々どうした?また逢いたくなるか?」
「ううん、そうじゃ無くて、貴方にずっと拒否されているから・・・・、時々寂しく成るの。
」
「そんな時逢いたく成るのか?思い出すことは有るだろうかな。
」
短くは無い期間、関係を持った男を、この位の時間で忘れる事など出来ないと思います。
「そんな事は無いけれど、たまには抱いて欲しい。
貴方は嫌だろうけど、抱いて欲しい。
ねえ、たまにで良いから抱いて。
お願い。
」
私は抱く気は無かったのですが、知りたい事が有りました。
「僕は何もしないぞ。
それで良いなら先に行って用意しておけよ。
今日は寝室で良いぞ。
」
「それでも良いわ。
」
妻はあれ以来、笑顔を見せませんでしたが、その時は嬉しそうにいそいそと2階に上がって行きました。
シャワーを浴びてから寝室に入ると、妻はもうベッド入って待っていました。
「ベッド変えたのか?知らなかったよ。
」
「ええ、貴方が嫌だろうと思って。
」
ベッドを替えた位で、この寝室の嫌悪感が無くなる程、私の受けたショックは小さなものでは有りません。
本当はこの家に居るのでさえ嫌なのです。
「好きな様にやってくれ。
」
横に寝ると、妻は身体に舌を這わせて来ました。
私の物を口に含むとやはり、前の妻とは違います。
舌を器用に動かし、執拗に攻めて来ます。
明かに浮気前のセックスとは違います。
男とのセックスで変えられた事は、私にとって屈辱以外の何ものでも有りません。
妻が絶頂を向かえそうに成った時、私は撥ね退けていました。
「お前、男に教わった事をよくも俺に出来るな。
今日は、どんなセックスをするのか知りたくて、お前の誘いに乗っただけだ。
大体の事は分かったよ。
」
立ち上がって寝室を出て行こうとすると、泣きながら縋り付いて来ましたが、突き飛ばして娘の部屋に入りました。
可哀想な気もしましたが、強い怒りの方が勝っています。
でも考えてみると、別れ様と思う気持ちが強い筈なのに、怒りを感じるのは、まだ妻の事を愛しているからだとも思ってしまいます。
優柔不断な自分が嫌に成って来ます。
私生活は相変わらず悶々としたものですが、仕事は私の事情を考慮してはくれません。
くたくたに成るまで仕事に追われました。
その方が余計な事を考え無くても良い唯一の時間です。
そんな私の部下は、たまったものでは無かったでしょうが、彼女だけは何の文句も言わずに付いて来てくれましたが、「さすがに次長がいると、職場の雰囲気が違いますね。
皆ピリピリしちゃっていますよ。
私は仕事をしているって実感していますが、他の人達は可也きつそうです。
」
「そうか。
自分の事で精一杯でそこまで気が付かなかった。
悪い事をしてしまったね。
少し気配りが足りなかった。
」
「いいえ。
そんな事は有りません。
」
彼女には、私のそんな行動に、何かを感じている様でした。
それからまもなくの昼休みに、男の奥さんから電話が掛かって来ました。
「私達正式に離婚する事に致しました。
その事でお電話掛けさせて頂ましたが、主人と別居する理由に成った浮気相手は、ご主人の奥様でした。
あの人が離婚する時に全て話してくれました。
」
「えっ!それはどう言う事ですか?家の奴とは別居してから関係を持ったのでは無かったですか?」
私は、愕然としました。
これまで妻の言っていた事は、全て嘘だった事に成ってしまいます。
「あのう、宜しかったら、仕事が終ってからお会い出来ないでしょうか?詳しく聞かせて貰いたいのですが。
」
仕事が終ってから、奥さんに指定した喫茶店に向かいました。
喫茶店に入ると、奥さんは既に来ていました。
「お待たせして申し訳有りません。
早々ですが、どう言う事なのか話して貰えるでしょうか。
」
「ええ、分かりました。
」
奥さんの話では、妻の言っていた不倫の時期よりも、更に4ヶ月前から男と関係を持っていた事に成ります。
当時、浮気が発覚した時に男は、相手の事は一切口を割らなかったそうです。
それが怒りを大きくしてしまい、別居に迄成ってしまったのは、何となく理解出来ます。
「でも今回はご主人にばれてから、何か熱病にでも罹った様で、私とまた暮らす様になってからも、気もそぞろで・・・。
離婚は主人の方から言い出しました。
その時に、私に全てを話してくれました。
・・・奥さんの事を愛してしまったから、もうお前とは一緒には暮らせないって・・・。
何かそちらに、ご迷惑の掛かる様な事は、していませんでしょうか?」
「いいえ、私の知る限りでは。
何か言ってましたか?それとも、もう何か行動に?」
「何もしていないと思います。
あの人ご主人の事を、恐れている様でしたから。
でも、あの様子では何時まで我慢出来るのか・・・。
その時は、思う様にして下さって結構ですから。
」
もう長年生活を共にして来た相手に、未練は無いのでしょうか?私の前に居る女性は本心は分かりませんが、吹っ切れた感じがします。
私も妻と分かれた後に、この様に振舞えるのかどうか。
やはり男よりも女の方が、タフなのかも知れません。
「これから、どうなさるのですか?失礼な話、生活費等の方は大丈夫なのですか?」
「それは何とか。
家を売ったお金と、今迄の貯えから出してくれるそうですから。
ただ、子供にもお金が掛かりますので、何か仕事を探そうとは思っています。
」
「その時に、お役に立てる事が有れば、何でも言って下さい。
」
別れ際に、自分の住所と、男の住む事に成るマンションの場所を教えてくれました。
奥さんの話に、強いショックを受けましたが、妻には暫らくの間伏せておく事にしました.当然次の日に離婚届けを用意しました。
私は妻の行動に注意深く成りましたが、別に変わった所は有りません。
しかし、男が妻を愛していると言っている以上、何か行動を起こす筈だと言う確信めいたものが有りました。
その日は意外と早くやって来ました。
仕事中携帯に妻から連絡が有り、“今日は会社の人と食事をして帰るから遅くなる”と言って来ました。
『やっぱり、思った通りに成るのかな?』あの日以来何が有っても断っているようで、遅く帰る事は有りませんでした。
それが遅くなると言う事は、何か有ってもおかしく無いと思いました。
別にショックも受けず、私は打たれ強く成っているのかもしれません。
仕事が終って家に戻り、妻が男のマンションに行ってるとは限りませんが、一応車を出して確かめてみる事にしました。
マンションに着く、と妻の車が停まっています。
この場所を、私が知っている事は、妻も男も知らないと思います。
暫らく車の中で待ちましたが、妻は出て来ません。
私は男の部屋が何処か迄は知りませんし、オートロックのマンションの中には入れず、かと言って、このまま待つのも馬鹿らしく成り、家に帰る事にしました。
妻が戻って来たのは、それから3時間位後でしたが、リビングに入って来ても、私にまともに視線を合わせ様とはしませんでした。
「お帰り。
楽しんで来たか?」
「ええ、遅くなって御免なさい。
急に誘われたものだから、食事の用意もしないで。
」
「いや良いんだ。
楽しめたなら良かったじゃないか。
遠慮する事は無いよ。
これからも、誘われたら行くと良いさ。
僕は明日早いからもう寝るよ。
」
私が立ち上がると、「ありがとう。
」
と言って浴室に入って行きました。
朝私は、妻に封筒を手渡し、「これ後で記入しておいてくれ。
」
「ええ、何か急ぐものなの?今書きましょうか?」
「急ぐけれど、今じゃなくて良いよ。
書いたら携帯に連絡してくれ。
」
妻は怪訝そうな表情で見ていましたが、私は急いで玄関を出ました。
その時、「貴方!貴方!ちょっと待って!」
妻の悲鳴の様な声が聞こえましたが、走ってその場を離れ、携帯にも妻から呼び出しが有りましたが無視しました。
職場に都合で少し遅れると伝え、私は男の会社に急ぎました。
会社に着くと受付に男の部所を聞き、待ち合わせているからと嘘を言ってエレベーターに乗り、今日の仕事の準備で慌しい部所に入って行きました。
男は私に気付いた様で慌てて出て来ましたが、迷わずに上司と思われる机の前に立ちました。
机の上のネームプレートに部長と有ります。
「突然失礼しますが、田中課長の事で、お話が有ります。
」
男は血の気の引いた顔で、私の後ろに立っています。
部長はただならぬ様子を察知したのか、別室に案内してくれました。
「田中に何か有りましたでしょうか?」
私の名刺を見ながら部長は、前の椅子に恰幅の良い身体を沈めました。
私は田中の書いた念書を見せ、妻と今も続いているであろう事を伝えました。
「・・・そんな事が有ったとは全く気付きませんでした。
困った事をしてくれたものだ。
言い訳をするのでは有りませんが、当社は社内恋愛にもある程度は厳しい所が有りまして。
それがこんな事を・・・。
困った事をしてくれた。
処罰は会社規定と照らし合わせて取らせて頂きます。
馬鹿な事をしてくれたものです。
私が責任を持って対処しますので、今日の所はこれでご勘弁願えないでしょうか?」
「宜しくお願い致します。
」
後味の良いものでは有りませんでしたが、私が今出来る事をした積もりです。
会社に行っから今日は有給休暇を取る事にして、昼頃に家に戻り妻が居ないのを確認して、取り合えず必要なスーツや下着等を旅行鞄に詰めした。
私はビジネスホテルを探して、チェックインし、これからの事を考えていましたが、取り合えず不動産屋へ行って、手頃な部屋を探す事にしました。
いざ探して貰うと、なかなか金額等の事も有り、見付からないものです。
その日は諦めてホテルに戻り、買ってきた弁当を食べていると、携帯に妻からの連絡が有りました。
何度も有ったのを無視していましたが、今度は出てみると、「貴方あれは、どう言う事なの?今日帰ったら良く話し合って下さい。
私はサインは出来ません。
帰りは何時位になりますか?」
随分と興奮した声で、捲し立てて来ました。
「何を言ってるんだ。
俺が何も知らないとでも思っているのか?自分の胸に手を当てて考えて見ろ!」
それだけ言うと、私は携帯を切りました。
それからも何度も携帯に着信が有りましたが、出ませんでした。
まだ離婚届に記入をしていないでしょう。
今は無視する事にして、妻の出方を見る事にしました。
服を着たままベッドに横になると、不倫現場を目撃してしまってからの事が思い浮かび、別の事を考え様としても、頭から離れません。
離婚を決意してからは、平静でいられる様な気持ちに成っていたのですが、やはり無理なのでしょう。
今回は私が浮気をしていると、妻が誤解してこんな事に成ってしまったと、言い訳をしていましたが、それは嘘でした。
それならば、何故こんな事に成ったのか?私に責任が全く無かったとは言いません。
自分では気が付かなかっただけで、何かは有るのでしょう。
また、やはり夫婦と言えども、離れて暮らす事に問題が有ったのかも知れません。
でも単身赴任をしている家庭が、全てこんな問題を抱えているのか?そんな事は有りません。
では妻には責任が無いのでしょうか?『なぜ』こんな事に、それが妻の『本性』だったのか?何時まで『戦い』を続け無ければ成らないのか?何とか心を平静に保とうと思うのですが、表現の仕様の無い感情に苛まれ、叫び出しそうに成ってしまいます。
午後9時位に又携帯が鳴り、妻からかと思い着信者を見てみると、彼女からでした。
「私です。
今日はどうしました?ご自宅に電話を入れたら、奥様がまだ帰って来ていないと心配しておられました。
何処に居らしゃるのですか?少しお話し出来ませんか?私少し酔ってしまって・・申し訳有りません。
もし良かったらこれから御会い出来ませんか?」
「今何処?これから行っても良いよ。
」
彼女との待ち合わせ場所に行くと、確かに酔っている様です。
「来てくれて嬉しいです。
次長は何を飲みます?」
私はビールを頼み、暫らく他愛の無い話をしていましたが、彼女がさり気なく聞いて来ました。
「奥さんとの間で、何か有ったんじゃ無いですか?今日は取引先との事でお聞きしたい事が有って、携帯に連絡したのですが、出られ無かったので、ご自宅に電話を入れさせて頂きました。
」
私が妻からだと思って出なかった着信に、彼女からのものも有った様です。
「次長は帰っておられませんし、奥様の様子が何か尋常じゃ無いと言うのか・・・、良くは分かりませんが、何か普通では無い感じがして。
」
「何でも無いんだけど、長く夫婦をしていれば、それなりに色々有ってね。
まあそれ程の事でも無いよ。
」
私は何とか気持ちを悟られ無い様に、気を使いながら答えました。
「本当にそうでしょうか?一寸私気に成る事が有って・・・」
「気に成る事って?何か何時もと違う様な事をしていたかな?僕なりに普通にしていたと思うけど。
」
「やっぱり何か有ったのですね。
普通にしていなんて言い方、おかしいじゃ有りませんか。
私酔ってるから言いますけど、奥様は浮気しているんじゃ有りませんか?」
余りに突然の言葉に、言葉が出ません。
「実は次長が単身赴任している時に、一度ご自宅に伺った事が有るんです。
確か近くに行く用事が有るので、奥様に伝える事か何か用事は有りませんかと、電話を差し上げたと思います。
その時は、何も無いと言われましたが、奥様はどんな方だろうと好奇心から御邪魔してしまいました。
その時奥様は、慌てて服を着てきた様な感じで、髪も乱れていて・・・。
それに玄関には、男物の靴が有ったので、次長が帰っていらしゃるのかと思いました。
そう聞くと、奥様少し動揺された様な感じがしました。
確証は有りませんが女の勘で、ぴんと来るものが有りました。
次の日に出張で次長の所へ行ったのですが、その事は言えませんでした。
だって証拠も、何も有りませんし、そんな事は言い辛くて。
だから私、一寸した悪戯をしたんです。
次の日に奥様がいらっしゃるのは知っていましたから、次長の部屋に行って、女の痕跡を残しました。
料理をしない男の人が、余り必要としない物を残したり、ブラシに私の髪の毛を付けたり、それとシーツの目立たない所に、口紅を付けておきました。
私成りの奥様への警告のつもりでした。
」
私は唖然とするしか有りません。
「何故そんな事を?どうして・・・・」
「私にも分かりません。
・・いや分かっているけど言えません。
」
私の目をしっかりと見つめる彼女と、この日を境に距離が接近して行きました。
ホテルに戻ると、もう午前1時を過ぎていました。
ベッドに入っても、妻の事や彼女の事が頭に浮かびなかなか眠れずにいると、携帯に妻からの着信が有りましたが、出るつもりは有りませんでした。
ホテルのベッドは寝辛く熟睡が出来ずに辛い朝でしたが、出社すると休んだ分だけの仕事に追われ、気が付くともう終業時間に成っていました。
まだ仕事が残っていましたが、身体が辛く早めに退社する事にして、帰り仕度をしていると、彼女から前夜の事を気にしている様な事を言って来ました。
「酔いすぎてしまって、妙な事を言ったかもしれません。
申し訳有りませんでした。
あれからご自宅に帰られたのですか?」
「いやホテルに泊まったよ。
今日は帰ろうと思っているけどね。
」
何か言いたそうな彼女を、お茶にでも誘おうかと思いましたが、その日は家に帰って、妻と話しをしょうと決めていました。
当分の間帰らずに居様と思っていましたが、何か逃げている様な感じがして、腹立たしく成っていたのと、頻繁に掛かる妻からの電話に,閉口してしまいました。
いざ帰路に着くと、何を話すべきか何も考えていなかった事が気に成ります。
『成る様にしか成らないさ。
俺の気持ちは決まっているんだ。
』玄関の前に立つと、あの日の事を思い出し、やり切れない気持ちに成ってしまいましたが、そんな事を考えている時では無いと自分に言い聞かせます。
ドアを開けると、妻が飛び出して来ました。
「貴方何処へ行っていたの!何回も携帯に電話したのに出てくれないし。
心配したんだから。
」
この女は、何を心配したのでしょうか?何故こんなに平然として居られるのか、不思議で仕方が有りません。
「何処に行ってい様と、心配する事は無い。
別に疚しい事も無いしな。
お前は何をしていた?また男のマンションに行ってたのか?あそこは交通の便の良い所では無いから、通うのも大変だろう。
この前お前の車が停まっていたが、路上駐車は止めた方が良いぞ。
」
妻の表情が、明かに変わりました。
「余り俺を舐めるなよ。
まあ、全ては終った事だ。
好きにすれば良いさ。
お前は離婚届けに、サインさえしてくれれば良いんだ。
もうしてくれているだろう?」
「・・・・いいえ、していません。
する気持ちは有りません。
」
「お前、何を考えているんだ?勝手な事ばかり言ってると思わないか?好き放題しておいて、自分の思い通りに成るなんて、都合の良い事を考えるべきでは無いな。
その位は分かるよな?」
「こんな所で話していてもしょうが無いわ。
中に入ってよ。
」
私がリビングに入って行くと、妻が玄関のドアに鍵を掛ける音が聞こえました。
ソファーに座ると、妻はビールとつまみを用意して来ましたが、私は手を付けませんでした。
キッチンでまだ何かしている様子です。
「何をしているんだ?俺はお前と話しにに来たんだ。
飯を食う為に来たんじゃないぞ。
」
妻は手を止め、向かいのソファー腰を落としました。
「分かったわ。
じゃあ、貴方のしてきた事は何なの?ここ何年か、私を女として見てくれたかしら?私は貴方にとって何なのかしら?」
「何を言いたい?自分のした事を正等化仕様とでも思ったか?余り都合の良い事は言うなよ。
」
妻の思ってもいなかった反撃が、何を意味するのか分かりませんでした。
「私が貴方を裏切った事を、許してとは言わないわ。
でもね、私も女なの。
貴方には分からないかも知れないけれど、私は本当に寂しかったのよ・・・」
そう言うと激しく泣き出し、話をするどころでは無く成りましたが、「泣けば良いと思っても駄目だ。
そんな事で済まされる事では無い。
お前が前に言っていた事は全て嘘だ。
それに女だからって何だと言うんだ。
俺に何を求める?あの男とお前はまだ続いているのだろう?俺に求めて得られ無いものがあいつに有るのなら、あいつの所に行けば良い。
離婚するそうだからな。
お前も離婚届にサインして自由に成れば好きに出来るだろう。
」
「・・・あの人とは、もう何も有りません。
」
「俺に嘘を言って、あいつのマンションに行っておいて、そんな事信じられると思うか?都合の良い事ばかり言うなよ。
」
「あの時は、本当に何も無かったの。
信じてもらえないだろうけど、何も無かった。
」
「それではお前が言っていた、浮気の理由が出鱈目だったのは何だ?奥さんが言っていたが、あいつが別居する原因はお前だったそうだな。
よくもそんな酷い事を。
お前とあいつの絆を感じるよ。
その絆をもっと強くする方が良いんじゃ無いのか?色々大変な事も有るだろうが、その方が楽だと思うけどな。
」
「・・・そんな事無いわ。
そんな事・・・」
より激しく泣き出し、私はこれ以上の話は無理だと思い、ただ天井を見詰める事しか出来ませんでした。
私はホテルに戻ろうかと思いましたが、妻がそれを許してはくれませんでした。
夕食を食べると、やはり馴染んだ味は、外食では味わえないものです。
それでも、余り箸は進みません。
そんな時、妻の携帯が鳴りました。
相手を確認して慌てて切った様なので、私は携帯を取り上げ履歴を見てみても、番号だけで誰からかは分かりませんが、見当は付きます。
妻の携帯からリダイヤルしてみると、「どうして切るんだ?旦那が居るのか?」
やはりあの男でした。
「俺だよ。
亭主だよ。
こんな時間に掛けてくれば、俺が居るのは当たり前だろう。
それとも、出て行って帰らないとでも、聞いていたか?」
私が出た事に驚いたのか、男は何も言わずに切ってしまいました。
「昨日も逢ったのか?こんな時間に電話を掛けて来るのはおかしいじゃないか。
俺が居ないと知って居たんだろう?」
「・・・ええ。
昨日電話が有って。
」
「それで逢ったのか?そうなんだろう?もう何も言わないから、本当の事を言ってくれ。
」
男と女が、禁断の愛に心を染めてしまえば、簡単には後戻り出来ない事でしょう。
私だって、そんな経験をしてしまえば、どうなるか分かりません。
私達夫婦が元に戻る事は、2度と無いだろうと思いました。
「いいえ、逢ったりしていない。
あの人のマンションに行ったのは、まだ続いているからじゃ無いの。
確かに、何度も電話は有ったわ。
もう奥さんと別れるから、一緒に成らないかって言われたわ。
あんまり何度も来るから、会ってはっきり断ろうと思って行っただけで何も無かった。
それを貴方が知っていたとは思わなかった。
嘘をついて行ったのは悪かったと思います。
でも、どんな理由が有っても、二人で会うとは言えなかった。
疑われても仕方がないけど・・・。
ごめんなさい。
」
真剣な表情で訴える妻の言う事は、本当の事なのかも知れませんが、そうで無いのかもしれません。
1年前で有れば、信じる事が出来たのかも知れません。
でも今は、鵜呑みには出来なく成っています。
信じ合える事は、夫婦にとって最小限の必要事項で有る筈です。
それが崩れてしまった以上、もう夫婦でいる必要は無いのでしょう。
この時、私の中に彼女の存在が有ったのは言うまでも有りません。
それがどんな結末を迎えるのかは、この時は考えてもみませんでした。
ただ、夫婦としての歴史よりも、今の平静を求めていました。
その夜、妻は私を求めて来ました。
答える気持ちは無かったのですが、このところ女性と関係を持っていなかったので、身体が反応してしまい応じてしまいましたが、それは彼女とそんな関係に成った時の予行演習の様なもので、暫らく妻にはした事が無いセックスをしました。
縛ったり、バイブを使ったりはしません。
その代わり、散々焦らしてみました。
妻は思った通りに乱れ、男とのセックスを想像させるものでした。
朝、何か気持ちに変化を感じていました。
妻への感情に大きな転機を迎えた様です。
昨夜の妻との事には、男の影が付き纏っていました。
今迄感じていた怒りや,嫉妬の様なものは、夫婦としての関係が有ってのもので、解消してしまえば、何も惑わされる事も無くなる筈です。
まあ、そう言っても、直ぐに割り切れるものでは有りませんが、時間と共に気持ちに整理がつくものと、理解出来たつもりに成ったのは、今回の事で、精神的に少し進歩したからなのかも知れません。
「暫らく離れて暮らそう。
その間は、お互いに干渉するのは止めようや。
お前もあいつに逢いたかったら好きにしたら良い。
それで自分の気持ちに正直に成った時に、本当の事を話してくれ。
今は、何を聞いても信じる気に成れない。
」
「私の事を、もう嫌いに成った?もう顔を見るのもいや?」
「そんな事も無いけれど、一寸前まで顔を合わせる事も無かった。
今更一緒に居なくてもどうって事は無いだろう?あの時は、お前がそれを望んだ訳だしな。
」
「何時まで?」
「分からないな。
ただ今回は、お前の気持ちでは無く、俺が決めさせてもらうよ。
」
妻は俯いていましたが、何も言いませんでした。
職場では、相変わらず何だかんだと仕事に追われ、忙しい思いをしましたが、その方が余計な事を考える余裕も無く、かえって助かりました。
仕事帰りに、彼女を誘って食事がてら一杯飲みに行きましたが、度胸が無くそれ以上の事は有りませんでしたが、何処か手頃な部屋が無いものかと言うと、知り合いに不動産屋がいるとの事で、間も無くマンションが見付かりました。
引っ越す前には、地方の娘に別居する事を伝えましたが、「そうなの。
何か有ったの?」
と言うだけで、クールなものでしたが、流石に引越しの当日には、家に帰って来ていました。
「お父さん、どうしちゃたの?お母さんと何か有った?このまま、別れるって事は無いよね?また、帰って来るよね?」
娘成りに心配していたのでしょう。
当然ですが、別居の理由は話しませんでした。
少しの荷物をトラックに積み込む間、妻は寝室から出て来ませんでしたが、家を出ようとした時には、玄関に来て、「私、待ってるから。
」
と、一言だけ言いましたが、目には薄っすらと涙を溜めていました。
離婚届はまだ出していませんが、事実上は離婚した様なものと思っていました。
色々な事が頭の中を駆け巡り、まだ整理された訳では有りませんが、彼女がちょくちょく部屋に来て食事の用意をしてくれ、そんな時は、全てを忘れる事が出来ます。
何度かめに来てくれた時に、「今日は、泊まっていかないか?明日は休みだし、何処かにドライブに行こう。
」
私は彼女の気持ちを、分かっていました。
それでも、自分から誘うふんぎりが着かずにいましたが、思い切って誘ってしまいました。
「泊まってもいいんですか?奥様の事はもう忘れられましたか?」
「ごめん。
そんなに簡単な事では無い様だ。
でも、もう元に戻る事は無いと思っている。
」
彼女は寂しそうな瞳を向けていましたが、泊まる決心をした様でした。
まだベッドを買っていなかったので、布団を2枚敷並べてきました。
彼女は抵抗が有るのか、なかなか寝室に行こうとはしません。
「私、次長から離れら無く成ってしまう。
それでも良いですか?」
「・・・そのつもりでいる。
僕も前に進まなければ成らない。
君さえ良かったらの事だけれど。
」
私は彼女を抱き寄せ、唇を重ねました。
彼女を抱いてみると、その身体は年齢よりも若く、反応も予想以上に激しいものでした。
この前妻にやった様に、焦らしたりは出来ませんでしたが、敏感な所に舌を這わせると、腰を浮かせ、シーツを鷲づかみにして、私を求めて来ました。
「もう駄目!お願いだから来て下さい。
」
腰を深く沈めると、私の腰に手を回し、しがみ付いて来ました。
「恥ずかしい。
恥ずかしい・・・。
アーー、いきそう!アーー、もう駄目!いくー、いくー」
その声で、私も限界に達してしまいました。
「凄く感じてしまいました。
・・・恥ずかしかった。
でも、こうなる事が、私の夢でした。
嬉しい。
本当に嬉しい。
」
彼女のいじらしさに、私は強く抱き締め、また唇を合わせました。
朝、目を覚ますと彼女が朝食の用意をしてくれていましたが、その後姿に私は妻を重ねてしまい、愕然としてしまいました。
思い起こせば彼女には妻に共通する面影が有り、その部分に引かれていた事を思い出します。
このまま彼女と付き合っても、妻の面影を追い求めるだけで、幸せに出来るのかどうか、不安を感じてしまいました。
妻からは何度も携帯や職場の電話に連絡が有りましたが、家に帰る事は有りませんでした。
私は何処に住んでいるかも教えていません。
家を出て4ヶ月程経った頃、マンションに帰ると部屋の前に妻が立っていました。
「どうしてここが分かった?」
「うん。
この前、貴方をつけちゃた。
綺麗な人と一緒だったじゃない。
少し妬けたわよ。
」
「それはご苦労な事で。
それで何か用か?」
「冷たいのね。
貴方が言ってた、正直な気持ちを話しに来たのよ。
中に入れてくれる?」
彼女が来るか知れないので、中には入れたく有りませんでした。
「何処か違う所で話そう。
俺にも都合が有る。
」
「あら、彼女でも来るのかしら?私はそれでも良いのよ。
どうで有れ、貴方の妻は私ですから。
」
「勝手な事を言うな。
お前にとやかく言う権利が有るか?それにしても勝手な女だったんだな。
俺は今迄、お前の表面しか見ていなかったのか。
馬鹿な男だったよ。
浮気をされてもしょうが無いと言う事か。
まあ、こんな所で話していても変に思われる。
中に入れ。
」
その時気付いたのですが、妻が少し大きめのバッグを持っていました。
自分の鈍さに呆れるばかりです。
部屋に入った妻は、周りを舐めるように見渡しました。
当然ですが彼女の残り香が有ります。
「綺麗にしてるのね。
男の一人暮らしとは思えないわ。
結構上手くやってる様ね。
それだもの、電話も掛けて来ない筈ね。
でもね、このまま貴方の思う様には行かせないわ。
これから本当の事を話すから聞いてくれる?」
「ああ、好きにしろ。
聞いてから判断させてもらう。
ただ、もう騙されないからな。
適当な事は言うな。
」
妻は何故この様に、堂々と落ち着きはらって居るのでしょう?何かに覚悟を決めた女はこれ程、度胸を決められるものなのでしょうか?「貴方、私の事を知ってる?」
椅子に坐るなり、妻は私に問い掛けて来ました。
「それは長い間一緒に居るんだから知ってるつもりだが。
」
「それがもう知らない証拠なのよ。
私の事なんか、結局何も分かっていないのよ。
」
妻の性格を知っているつもりが、気付かないうちに浮気をされていた訳ですから、そう言われてもしょうが無いのかも知れません。
「俺は・・・・」
妻は私が気付いていたけれども、あえて見ぬ振りをしていた部分に踏み込む話しをし始めました。
「貴方は若い時から、私に母親役を求めたわ。
その内に娘が生まれて本当の母親に成って幸せだった。
そんな時も貴方はまだ私に母親を求めた。
二人の母親でずーっと、女では無かった気がしてた。
若い時はそれでも良かったのよ。
お互いに情熱が有ったものね。
それが、あの子が手を離れ、貴方も相変わらずだったけれど、別々に暮らす様に成って、気持ちの中にポッカリ穴が開いたで様で・・。
女は何歳に成っても女な・・・。
寂しいと言うのか、虚しいと言うのか、何と行って良いのか分からない焦りの様なものを抱えて生活していたわ。
そんな時に、あの人が女を感じさせてくれたのよ。
だから私は・・・・」
「だから私は何なんだ?」
「言い訳には成らないけれど、女でいたいと思った。
満たされない部分を、あの人が埋めてくれた。
一時は確かに貴方より愛してると思った時も有る。
ほんの一時はね。
でもね、貴方を愛している事に代わりは無かった。
貴方が不倫相手で、あの人が亭主だったらとうに別れているわ。
貴方はそれ位魅力が有るの。
だって昔から結構持てたじゃない。
特に貴方に踏み込まれた時に、貴方は男で私は女だって実感したわ。
」
「あの時お前は、俺が浮気をしたから復讐するつもりで不倫したと言ったが嘘だったよな。
何故そんな嘘を言った?」
「・・それはあの人の考えなの。
本当にあの時は貴方も女が出来たと思っていた。
その事を話すと『お互い様だから、ご主人も余り強くは出られ無い筈だ。
』って。
だから貴方が踏み込んできた時にあんな態度に出たのよ。
でも、あの人の誤算は、私が貴方が可也強いと言っていなかった事。
お互いの家庭の事は出来るだけ話さない様にしていたから。
コテンパンにやられて、強気に出るどころか反対に振るえ上がっちゃって。
それからは、貴方を恐れていたわ。
でもあの時、私の胸が熱く成ったのは本当よ。
」
確かに私は早くに母を無くして、妻に母親役を求めていました。
結婚してからは安心感からか、その傾向が強まったのにも気付いていました。
また、長い夫婦生活は妻の言う通り、若い時の情熱は色褪せ、刺激の無い生活に成っていたのも事実でしょう。
妻を女と見てい無かったのも真実だったののかも知れません。
でも、情熱は無くなっていても、生活を続けていた者同士にしか分からない夫婦の歴史が有り、その事が、自分勝手な考え方かもしれませんが、誰にも割り込ませない情に成っていると信じていました。
妻にしても同じ気持ちだと思い込んでいましたが、一人の女で有る事を求めていたようです。
女性と言うものに、男の考え方を押し付け、それでも絶対について来るものと信じていたのは、私の大きな誤解だったのでしょうか?「そうか。
お前の気持ちは分かった。
そう言う事にしておこう。
俺にも至らない所が有ったのかもしれないな。
だがな、それだから許されると言う事ではないよな?それに、まだあの男と続いているんだろう?」
「いいえ。
貴方がどう思っているのかは分からないけれど、もう何も無いわ。
」
「じゃあ、何故あの日あそこに行った?お前のしてきた事を考えたら何も無かったとは、誰も思えないだろう?」
「あの人は、左遷させられるそうよ。
あの時は自暴自棄に成って・・・。
何をするのか分からない位に取り乱していてどうにも成らなかったの。
でも、貴方に知れると、変に疑われると思って嘘をついてしまったの。
悪い事をしたと思っているわ。
信じてと言うのは無理なのは分かっているけど本当の事なのよ。
」
「確かに無理が有るな。
そもそもあの男の事を何も思っていないなら、自暴自棄に成ろうが成るまいが、何の関係も無い筈だ。
それでも行くと言う事は、お前の心の中にあいつを思う気持ちが有るからだろう?熱い時間を過して、俺の事は何もかも忘れてしまった。
あの時の、お前の目は今も忘れない。
不思議なものでそんな時は、何とかお前の気持ちを、俺に向けさせたいと思ったよ。
だけど今は、そんな事どうでも良く成ってしまった。
何よりも、信じられ無い事が辛い。
そんな夫婦は、ざらに有るのかも知れないけれど、俺が求める関係では無いんだよ。
まして、お前の痴態を見てしまった以上、俺の許容範囲をとうに越えてしまっているんだ。
志保、俺も至らない所は有ったと思う。
こんな事に成るまでは、本当に良くやってくれた。
感謝しているよ。
でもな、これで終わりにしようや。
俺にも、次の人生が有るんだ。
」
妻に未練が無いと言ったら、完全に吹っ切れた訳では無いのでしょうが、もう、後戻りは出来ない事も、この歳ですから分かってはいるのです。
お互いの沈黙の時間が随分長く感じられました。
その時の妻の態度は、落ち着き払ったものの様に感じました。
「終わりには成らないわ。
私は確かに貴方を裏切ったわよ。
でも貴方は?何も知らないと思ったら大きな間違いよ。
ちゃんと分かっているの。
あの人と、何も無いなんて言わせないわ。
きっと、あの時から続いているのでしょう?いや、もっと前からなのよね?今更言ってもしょうが無いかも知れないけれど、私ばかり責められる事も無いと思うのよ。
どうかしら?」
「武士の情けと言う言葉を知っているか?情けを掛けたつもりだったが・・・。
あれから何回男の所に行った?お前何が何やら分からなく成っている様だ。
言ってる事が、無茶苦茶だと思わないか?良く考えてみろよ。
矛盾を責められ無いうちに我を通すのはやめておけ。
」
「何が矛盾が有るのかしら?何を言いたいのよ?」
この時に成って、自分の言い訳に無理が有る事に気付いたのでしょう。
苛々とした感情があからさまに感じ取れました。
「俺が、男の所に行った事を知ったのは何時だった?墓穴を掘ったな。
」
私がふんぎりを付けた瞬間だったかもしれません。
「男との関係は続けたい。
でも、夫婦生活も続けたい。
理想だよな。
俺もそんな立場なら、そう思うかもな。
だけど、俺にはそんな図太さは無いな。
・・・お前、何時からそんな女に成った?俺が知らなかっただけで、初めからそうだったのか?そんな事は無かったよな?俺達は何をやって来たのだろう?・・・もう、良いだろう?俺を自由にしてくれ。
お前だって、自由に成れるんだ。
これ以上、俺を傷付けるな。
黙って帰ってくれ。
」
この時流した妻の涙は、今までとは違い、別れを決意している私にも、訴え掛けて来るものが有りましたが、抱き締めたり、優しい言葉を掛けたりする気持ちには成れませんでした。
それでも帰ろうとはしません。
大きめのバッグの中には、見慣れた妻のパジャマや、化粧道具等が入っていましたが、それらを出させる事はさせませんでした。
「貴方の気持ちは最もね。
逆の立場なら、私も当然そう言うでしょうね。
でも、これで終わりはいや。
もうどうにも成らないのかしら?確かに、あれからも続いていた。
あんなに貴方を傷付けたのにね。
謝って済む事では無いけれども、ヅルヅルと引きずってしまった。
・・・一つ嘘を言うとそれがばれない様に、又嘘をつかなければ成らない。
そんな事をしているうちに、醜い女に成ってしまったのね。
ごめんなさい・・・。
それでも今は本当にあの人とは別れたわ。
やっぱり、貴方の方が好き。
愛しているわ。
だから、このまま別れるのはいや。
」
「もう遅い。
男と別れ様が別れまいが、そんな事はもうどうでも良いんだ。
さっきも言ったが、俺も前に進む事にしたよ。
今は、お前との生活をなるべくなら思い出したくも無いのが正直な心境だ。
それでも思い出すだろう。
俺も辛いんだよ。
こんな事に成って、こんなにプライドを傷付けられたのも、お前達のした事だ。
言い分は聞いたが、それでも俺の責任は、小さなものだと思っている。
さあ、帰ってくれ。
俺にこれ以上言わせるな!お互いに嫌な思いをするだけだ。
」
私は時間が気に成っていました。
今日は、何の約束もしていませんでしたが、彼女が来てくれるとすればもうそろそろです。
「煙草を買ってくる。
その間に帰ってくれ。
直ぐに戻るから、鍵は掛けなくても良いから。
」
私は何気なく携帯を持ち外へ出ました。
急いで煙草の自販機の方へ歩きながら電話を入れると、彼女がスーパーで買い物をしてくれている所でした。
「済まない。
あいつが来ているんだ。
直ぐ帰すから時間を潰していてくれ。
帰ったら連絡する。
ごめん。
」
マンションに帰ると、まだ妻がいました。
この所、出張に出る機会が多く、中々投稿が出来ずに申し訳有りません。
これからも、時間が思う様に作れそうに有りませんが、何とか頑張りますのでご容赦下さい。
私は妻への愛情が、急速に冷めて行っているのを、ある程度前から気付いていました。
男との浮気が発覚した時には、本能的に奪い返そうと思い、強い怒りや色々な感情に駆られ、妻への愛情を感じましたが、マンションを借りて離れていると、何かどうでも良い様な感覚を覚えました。
彼女との事がそう思わせたのかも知れませんが、元々の私の性格から来る様な気もします。
要するに、1度汚れてしまったものを、受け入れる心の大きさが無いのだと思います。
汚れた妻は、本心はどうであれ元の鞘へ帰りたがっている以上、私のやるべき仕事は終ったのです。
だからと言ってこの女を、その辺を歩いている人間と同じかと言えば、やはり違いますが、そんな事を言っていても仕方が有りません。
考えてみれば単身赴任中に理由はどうであれ、勝手な事をして来なく成り、私を汚いような物でも見る様な目付きで見ていた女と一緒に暮らす訳には行きません。
またその事がばれると嘘で固め、終いには支離滅裂な事を言い出し、ましてや男に教えられた通りに私に言っていた事を許せる訳も有りません。
妻は本当の事を話すと言って来たにも関わらず、このていたらくです。
「まだ居たのか。
帰る様にと言っておいた筈だけどな。
」
妻は私を睨み付ける様な目で見詰めていましたが、表情は穏やかなものでした。
「誰か来るの?彼女でしょう?私は良いのよ。
会って話しをしたいわ。
」
「そうか。
それも良いだろう。
じゃあ、お前もあいつを呼べ。
携帯にまだ登録して有るだろう?」
「別れてしまったのに、そんな事出来る訳無いじゃない。
変に誤解されたくも無いし。
」
「出来ないのだろう?また嘘がばれるからな。
」
「そんな事無いわよ。
」
「良く言うよな。
お前は浮気がばれた時に、あいつとは終ったと言って、随分俺に良くしてくれた。
危うく信じそうに成ったよ。
でも、続いていたんだよな?其処までしておいて、もう別れたと言ったて、はいそうですかと思うか?何を考えているんだか、全く分からないよ。
なあ志保、信じ合え無い夫婦が一緒に暮らして幸せなのかな?どう思う?俺はそんなのは嫌だな。
」
「いずれ信じてくれる様に成れると思う。
だって、私その位努力するつもりよ。
」
「お前が努力するのは当たり前だ。
それを見ている俺は何を努力する?何故俺が努力しなければ成らない?それは努力では無く我慢だ。
」
「・・・・其処まで言うの?分かったわ。
確かに私がした事は許されるとは思っていない。
どうで有れ、あの人との事に溺れてしまったのは事実だし・・・。
でも・・・、分かって欲しい。
」
「何を分かれと言うんだ?」
寂しい怒りが気持ちの中に沸き上がりました。
『志保、僕はお前と一緒に成れて、本当に嬉しかった。
疑った事だって無かった。
幸せな思い出も一杯有るんだよ。
愛していた。
でも、もう良いんだ。
もう、駄目なんだ。
もう遅いんだ。
』心の中の私は、そんな事を呟きました。
「全てを分かって欲しい。
私の全て。
貴方が見様としなかった部分も。
」
「それは無理だ。
俺にだってお前の知らない部分は有る。
他人の事を全て理解するなんて所詮無理な事だ。
」
「貴方とは他人じゃ無いわ!分かろうとすれば分かってくれる筈よ!」
「いや他人だ。
夫婦だって他人だよ。
だから分かろうと思っても分かり得無い所は有るんだよ。
その方が良い事だって一杯有るんだと思う。
」
「・・・貴方。
」
妻は何かを言いたそうでしたが、聞いた所でどう成る訳でも無いのです。
「さあ、もう行け。
これから何か用事がある時は、ちゃんと出るから携帯に連絡してからにしてくれ。
これからの事も、話し合わなければ成らない事も有るしな。
」
「そうね。
今日はそうする。
だから、ちゃんと電話に出てね。
お願いよ。
」
「ああ、分かった。
それから、娘は元気か?連絡は有るのか?俺も電話でもすれば良いんだが、何か掛けづらくてな。
連絡が有ったら、宜しく言っておいてくれ。
気持ちに余裕が出来たら、会いたいな。
」
立ち上がりかけた妻に、そう声を掛けました。
今迄の、夫婦の思いが蘇ったのでしょうか?「・・・貴方御免なさい。
本当に御免なさい!私悪い女ね。
御免なさい・・・。
」
涙をタップリと溜め、私に抱き付いて来た妻を、強く抱き締めていました。
何故そうさせたのか、割り切ったつもりでも長い間の二人の絆がそんな行動に走らせたのか、今でも自分の気持ちを理解出来ません。
妻が帰った後には、身体も気持ちも力が抜けてしまい、彼女に連絡するのも億劫に成ってしまいました。
ぼぉーとしていると電話が鳴りました。
彼女からです。
「御免、御免。
連絡が遅れた。
帰ったからもう来ても良いよ。
」
少し経ってから部屋のチャイムが鳴りました。
「奥様、私達の事何か言っておられましたか?」
やはり気に成るのか、入って来ての一言目がそれでした。
「うん。
それなりに君との事は知っていた。
」
「そうですか。
それで次長、お認めに成ったのですか?」
「いや、曖昧に誤魔化して於いたけれど、知っていると思うよ。
君と一緒に居る所を見た様だしね。
何かまずい事でも有るのかい?」
「いいえ。
そんな事は有りませんが、次長はそれで良いのですか?まだ奥様の事を思っていらしゃるのでは無いですか?それなら、はっきりと言って下さい。
」
「・・・・すまない。
何の感情も無いと言ったら嘘になる。
でも、元に戻ろうとは思っていない。
今は、君だけを見る様にしている。
」
「それは、努力していると言う事ですか?」
私は、次に出す言葉に詰まりました。
彼女の不安が痛いほど伝わって来ました。
『それは、努力していると言う事ですか?』彼女の言葉は、私が先程、妻に『俺が何を努力する?何故努力しなければ成らない?』そう言った気持ちと同じ辛い言葉な筈です。
何て可哀想な事を言ってしまったのか、思いやりの無さを物凄く後悔しました。
「深い意味は無いんだ。
それより今度、友達に紹介するよ。
僕の気持ちは決まっているつもりだ。
」
何とか気持ちを伝えたく、前から考えていた事を言いました。
「無理しなくても良いんですよ。
私はこう見えても結構タフなんです。
奥様との事がそんなに簡単なものだとは思っていませんから。
」
少し前に妻を抱き締めた腕で、今度は、彼女を抱き締めてしまいました。
私は佐野に連絡を取り、彼女に会わせる日時を設定しましたが、当日、彼女の部下がトラブルを起こしてしまい、やや遅れて来る事に成ってしまいました。
「色々大変だったな。
あの時、余計な事をしてしまったと後悔していたんだ。
でも、まさか志保ちゃんが、あれからもお前を裏切り続けるとは思わなかった。
悪い事をした。
でもショックだったよ。
」
「気にするな。
俺が決めた事だ。
」
二人でそんな話しをしている所へ彼女が来ました。
「遅く成って申し訳有りませんでした。
」
走って来たのか、息が上がっています。
「どうだった?先方は納得してくれたか?大変だったろう?」
「いいえ、それ程でも有りませんでした。
先方も納得してくれましたし。
」
「流石だな。
ご苦労様。
ああ、こいつが大学時代からの友達で佐野だ。
」
「よろしく佐野です。
噂には聞いてました。
これかもよろしくお願いします。
」
「此方こそよろしくお願い致します。
私も、佐野さんの事は次長から良く聞いています。
」
挨拶も終わり、和気あいあいと楽しい時間を過していましたが、彼女がトイレに立った時に、佐野が声を低めて言いました。
「なあ、志保ちゃんに感じが似ているな。
」
「そう思うか?俺もそう思う。
だから惹かれたのかな?何か志保の面影を追っている様な気に成ってしまう・・・。
」
「だけど、此処まで来た以上、それでは済まないだろう。
あの人は今迄の経緯を、ある程度知っているんだろう?知ってお前と付き合っているのなら、そんな事は言っていられないだろう?」
「・・・その通りだな。
」
トイレを出て来た彼女に気付き話を中断して、他愛の無い話をして盛り上がっていると、妻から携帯に連絡が入りました。
『依りによってこんな時に』私は出るか出ないか迷いましたが、先日、″ちゃんと出るから”と言った以上、此処で出ないと、またマンションに押しかけて来ないとも限りません。
何気なく席を外したつもりでしたが、不自然だったと思います。
「どうした?何か有ったか?今、都合が悪い。
何も無ければ後で電話する。
それで良いか?」
ほんの少しの沈黙の後、妻が言いました。
「遅く成っても良いから来てくれる?来てくれたら、離婚届に判を押しても良いわ。
」
「えっ?随分急な話だな。
ついに決心してくれたのか?」
「気が変わらないうちに来てくれる?今日しかチャンスは無いと思って。
」
席に戻り、今妻からの電話の内容を隠しておくよりは、はっきりと言った方が良いと思いました。
「あいつからの電話だった。
離婚届に判を押すから、これから来てくれとの事だ。
」
佐野は複雑な表情で、「それで行くのか?」
「ああ、行ってはっきりさせ様と思う。
何時までも、こんな生活はしていられ無いからな。
」
「うん。
お前の人生だものな。
」
彼女は、やはり不安そうに私を見詰ていました。
「遅く成っても、マンションに帰るから、部屋で待っていてくれても良いよ。
明日は休みだし、二人でゆっくり過ごしたい。
」
「いいえ。
今日は帰ります。
でも後で、電話だけは下さい。
」
妻への気持ち。
彼女への気持ち。
優柔不断な私に嫌気がします。
妻と暮らした家の前に立ち、インターホンのボタン押しました。
「どちら様ですか?あっ、貴方?お帰りなさい。
」
何も無かった時の様な、明るい声で私を向かえました。
程なく玄関の鍵が開き妻が出迎えましたが、化粧をしていて服装も、少し派手なものでした。
「何処かへ出かけるのか?」
「いいえ。
貴方が帰って来てくれるから、少しお洒落したのよ。
さあ、早く入ってよ。
」
久し振りに来た家は、マンションの部屋の殺風景なものと違い、何故か落ち着く雰囲気が有りますが、此処で妻と男が、甘く激しい時間を過し、私の人生計画を狂わせた所でも有る訳です。
「離婚届をくれないか。
判はもう押してくれているんだろう?」
「これからよ。
それよりもお風呂に入ったら?それとも、先に何か食べる?用意はして有るから。
」
本当に何も無かった幸せな時の、妻の態度そのものです。
「貰う物を貰ったら、早く帰りたい。
」
「何を言っているの?帰るって何処へ?此処が貴方の家じゃ無い。
何処にも行く必要は無いのよ。
」
「意味が分から無い。
何を言っているんだ?今日離婚届を貰ったら、もう夫婦じゃ無いんだぞ。
」
妻は俯き、次に顔を上げた時には、私をしっかりと見詰めて言いました。
「美幸から聞いたわ。
今日、佐野さんに彼女を会わせたんですってね。
もう、其処まで進んでいるんだ?貴方の性格だもの、勝手に決めてしまっているんでしょうけど、私はまだ納得していないのよ。
『好きな事をやっておいて、勝手な事を言うな。
』と思うでしょうけど、そうは行かないわ。
」
「何なんだ?どう言う事だ?お前が判を押すと言うから来たんだ。
俺に何をしろと言うんだ?」
「お前と呼ぶのは止めて。
前の様に志保と呼んで。
俺と言うのも止めて。
何時もの様に、僕と言って!」
妻は妻成りに、なりふり構わ無いプライドを掛けた行動に出て来た様です。
「冗談じゃ無い。
お前が好きな男が出来た様に、俺にも思う女性が出来た。
そうさせたのはお前じゃ無いのか?いい加減にしてくれ。
早く帰らないと、変に誤解されてしまう。
」
「いやよ。
誤解されるならされたら良いわ。
貴方をあの女には渡さない。
私は今も妻よ。
少し位チャンスをくれたって罰は当らないでしょう?それも出来ないと言うのなら、あの人にやった様に、貴方の会社に行って、彼女との事を話すわよ。
」
「それは、立場が違うだろう。
何故、お前がそんな事が出来るんだ?自分のした事を、本当に分かっているのか?」
「だから、お前と言うのは止めて。
私だって、自分のした事の意味位分かっているわよ。
でも、貴方は何時からあの女と付き合っていた?私ばかり、責められるのかしら?」
雲行きが、怪しく成って来ました。
妻の言い分は、明らかに理不尽です。
それを承知で言っているのならば、私も引き下がる訳には行きません。
自分の気持ちの中に、依然妻の存在は大きなものです。
他の人に言わせれば、『此処まで虚仮にされて、何を今更馬鹿な事を言っているのか。
さっさと、別れてしまえ。
』と思うでしょうし、私の身近にこの様な立場の人間がいれば、やはりそう言うでしょう。
その方が、先の事を考えると良いに決まっている事は分かります。
分かっていても、また、一時気持ちを整理しても、どうしても引き戻されてしまうのです。
しかし、そんな感傷的な事は、私の状況が許さなく成ってきています。
気持ちに区切りを、付けなければ成らない、最後の時がやって来たのでしょう。
「よし、お互い始めから話をしよう。
何でも答えてやるから、疑問が有るなら聞いてくれ。
」
「あの女とは何時からなの?私が、浮気する前からよね?」
「いや、違う。
新入社員の時に、仕事の面倒を見ていた。
確かにその時、先輩に対する彼女の憧れも様なものは感じていた。
だからって、何か有った訳では無い。
良く思い出してくれないか?単身赴任する迄、不審な行動が有ったか?職場で飲みに行って、遅くなる事はたまに有ったが、それは、本当にたまにだ。
何か有ったら、もっと遅く帰って来る事が多かったと思わないか?赴任してからも、休みの日は、お前がちょくちょく来ていたから、彼女が来ていたかどうかは、あの部屋の乱雑さを見れば分かると思う。
疑いを持たれたのは、出張で来て料理を作ってくれたあの時1度だけだろう?」
「じゃあ何故、痕跡を残す様な事をしたのよ?あれは、私への挑戦としか思えないわ。
」
確かにそうですが、その事は、私に言われてもどうしようも有りません。
彼女の中に、妻の言う通り挑戦的な所は有ったのだと思いますが、その事は、あえて詳しくは聞いていません。
「彼女は、お前の浮気に気付いていたよ。
その事に対する、忠告だと言っていたが、それ以上の事は分から無いな。
」
「前から、貴方の事が好きだったからよ。
」
「そうだったとして、俺に責任が有るか?人の気持ち迄どうしろと言うんだ?今話して来た事を考えてくれれば、昔からの関係で無い事が分かると思うけどな。
」
妻は、私が以前から浮気等していない事は知っているのだと思います。
「俺からもも聞くぞ。
大体の事は分かっているから、今迄の様に誤魔化すな。
今更嘘を言ってもしょうが無いだろう?あの男とは何時からだ?お前が赴任先に来なくなる前からだよな?」
「・・・そうね。
あの4ヶ月前位からかしら。
でも、関係を持つ様に成ったのは、すぐにじゃ無いのよ。
前に話した様に、二人で逢う様に成ってからも紳士的で何も無かった。
それに、休みで部屋でごろごろしている貴方と、仕事をしている所だけを見ているあの人とでは、男としての魅力が違う様に思ってしまったのは事実よ。
良く考えれば、貴方も職場では颯爽としているんでしょうにね。
正直、馬鹿だったと思っているわ。
ただあの時は、私も年を取って来て女としての、焦りのようなものも感じてた。
女として扱ってもらえる最後の方に来ているからかしら。
だから嬉しかった。
貴方に対する罪悪感よりも、あの人に惹かれてしまったの。
」
「それで来なく成ったのか?」
「そうね・・・。
あの時に限って言えば、貴方よりも、あの人を愛していると思ったわ。
でも、不倫が奥さんにばれてしまい、別居に成ると聞いた時に、奥さんへの罪悪感よりも、貴方とそう成ってしまった時の恐怖感の方が強かった。
」
「そう思ったなら、何故その時に止めなかった?」
「止めようとは思っていたわ。
でも、散々身体の関係を持って来たから、そんなに簡単には行かなかったの。
ごめんなさい。
」
「今はどうなんだ?」
「何も思っていないわ。
嫌いに成ったと言うのでは無いけれど、男としてどうと思う事は無いの。
正直に言うけれど、連絡は有るのよ。
“こっちに来てくれないか”って。
でも、断ったわ。
それでも電話して来るけれど、その気は無いもの。
」
「向こうの家庭を壊しておいて、余りにも勝手過ぎないか?男よりも女の方が、ドライなのは分かるけれど、人間として許される事では無いと思う。
奥さんから、何か言って来ていないのか?可也恨んでいると思う。
」
奥さんは、別居から、やがて離婚に成ってしまう原因が、妻である事を知っていました。
「ええ、何も言って来ない。
本当に悪い事をしてしまった。
貴方の言う通り、許される事では無いわね。
どうすれば良いのかしら?」
「それは、自分で決める事だ。
どうすれば、大人としてのけじめを付けられるのか、良く考えるべきだな。
」
「随分と冷静なのね。
もう、私には何も気持ちが無いと言う事なのかしら?」
「長い間暮らして来たんだから、何も思っていない事は無いさ。
だけど、どんな夫婦も別れる時は、感傷的に成るものなんだろう。
しょうが無い事だと思っている。
」
「・・・・ねえ、帰って来て。
貴方を裏切った分の何倍も尽くすわ。
お願い。
」
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